形状処理工学の世界「数式で表す洋傘」
――ガウス曲率はご存知でしょうか?
一本の傘を前に放たれた質問が、いまだ耳にこだまします。
質問の主は早稲田大学理工学術院総合研究所の上級研究員(研究院教授)である前川卓教授。
教授が初めて小宮商店を訪れたのは昨年の11月、研究されているテーマにおいて傘の加工が必要と言うご依頼からそのお付き合いは始まりました。
普段行っているアナログな傘づくりでどこまで期待に沿えるのかという不安はありましたが、研究としての傘という切り口は大きな魅力です。
通常、感覚や勘でやり過ごしている仕事を新しい視点で見つめ直す事ができるかもしれないという期待に、身の程をわきまえず参加させて頂きました。
冒頭の質問は傘の形状を語る中で先生から受けたものです。
もちろん、ガウス曲率がどういうものかもわからず、説明を受けても、その後に調べても、なんだかよくわからないけれどなんとなく「かたち」に関係のある大切なこと? という身もふたもない認識にしか至りませんでした……。が、自らの理解力を今更嘆いても仕方ありません。
実際、専門的な言葉で語られる傘はどことなく誇らしげでもあり、その様子に作り手である私もまた親心に似た誇りを覚えたことも事実です。
前川教授が取り組まれる研究テーマは、形状処理工学という分野です。
設計対象物の形状を数式やアルゴリズムを用いてコンピュータ上でデジタル化し、それをもとにモノづくりを支援するという研究を行っています。
今回は対象物として傘を選ばれたということでした。
傘の加工に於いて必要となる三角形の型ですが、提示されたものは不思議な形状をしていました。
通常三角形の底辺に当たるフチは直線ですが、展開図ではフリルのような曲線が施されていました。
この理由は、傘を放物線や直線を含む双一次曲面として表現したためとのことです。
傘を仕立てるにおいて、生地自体の伸縮と骨のしなりを検討することが重要になります。
今回の取り組みを振り返ると、これら部材の特性と数式の世界を一本の傘にどのように落とし込んでいくのかが最大の難関だったと言えます。
この日は最終打ち合わせとなり寺原拓哉助教と小宮商店までお越しくださりました。
今回の取り組みは論文の資料として活用いただけるものになったと仰ってくださいました。
論文採択の可否にはもうしばらく時間が掛かるそうですが(この点は我々の想像を超えて非常にハードルが高いものだそうです)、半年以上にわたるプロジェクトが見せてくれた世界はとても大きな刺激となりました。
普段は当たり前に取り組んでいる作業も、異なる視点によってより大きな可能性を秘めていることを実感しました。
これも裏を返せば、明治以来実直に続けられてきた手作業の傘づくりがあってこそ。
最先端の研究は、私たちの受け継いできた伝統と歴史、ものづくりの在り方を改めて見つめ直す機会を与えてくれたと言えます。
前川教授はじめ滝沢研究室のみなさん、この度は貴重な体験をありがとうございました。
製造部 田中